焼酎作りにも役立つ酵母が自分自身を維持・変化させる仕組み ー玉置 尚徳研究室

鹿児島大学農学部 焼酎・発酵学教育研究センター 構造微生物学部門、玉置 尚徳教授の研究を紹介します。
https://chem.agri.kagoshima-u.ac.jp/honkaku/brewing/index.html





身近に役立つ生物・酵母

生物の研究でよく使われるモデル生物に、酵母があります。

「イースト」と言った方が馴染み深いでしょうか。

パンなどの食べ物や、ビール・焼酎などのお酒を作る過程で欠かせない微生物です。

酵母はわずか10マイクロメートルという小さな体ながら、ヒトと同じ真核生物。
見た目はまったく違うのに、ヒトの体とよく似たシステムを持っているのです。

2倍に増えるのにかかる時間は、たったの約2時間。
短時間で増えるので、実験に使いやすいというメリットがあります。

酵母は、グルコースから二酸化炭素とアルコールを作り出します。
これを「発酵」と言います。
この発酵という性質が、パン作りなどに応用されているのです。

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図1 酵母は発酵を行なう微生物

研究テーマ:焼酎作りに役立つ酵母の作出と体内分子メカニズムの解明

玉置研究室では、主に焼酎を作り出すより良い酵母を生み出す研究を行なっています。

例えば、「ヘテロ接合性消失」という相同組換えを利用した手法など、酵母遺伝子の簡単な破壊方法を開発しています。
これにより、目的の遺伝子だけが働けなくなる状況を作り、焼酎作りに役立つ酵母を生み出しているのです。

また、それと同時に、酵母の生体内分子システムの解明を目指しています。

酵母体内の分子機構には、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。
ヒトと共通するシステムを多くもっているため、酵母での解析がヒト体内の分子機構解明にも繋がります。

玉置教授らは、
・細胞を囲む細胞膜がどうやって維持されているのか?
・どうやって周囲の栄養状態を感知しているのか?
・エネルギー生成を行う酵母の開発
などの解析を行っています。

これらの研究から、
酵母が自分自身を維持・変化させる分子システムが明らかにされつつあります。

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図2 酵母はどのような分子システムで自分自身を維持・変化させているのか?




さらに詳しく!

細胞を囲む細胞膜がどうやって維持されているのか?

酵母は単細胞の生物で、細胞は細胞膜と細胞壁という2重のガードに守られています。

細胞膜を構成しているのは、リン脂質という部品。

膜を維持するためには、古くなった部品を入れ替えて、新しい部品を補充する必要があります。

玉置教授らは、この細胞膜部品の入れ替えシステムで働く新規の酵素Lpt1を発見しました。

Lpt1は、アシル転移酵素の一種であり、ヒトも持っている酵素だということも分かりました。

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図3 Lpt1は、細胞膜部品の入れ替えに重要な酵素の1つ。

現在は、Lpt1と一緒に働く酵素Slc1との関係などの詳細を解析中。
今後、細胞膜部品を入れ替えて、膜を維持するシステムがどうなっているのか、解明されることが期待されます。

細胞膜はヒト細胞にも存在するので、これらの研究はヒト細胞の細胞膜維持システムの解明にも繋がるでしょう。

どうやって周囲の栄養状態を感知しているのか?

酵母の一種である出芽酵母は、周りの環境の栄養状態に応じて、増殖するかもしくは分化するかを切り替えています。

では、どうやって周りの栄養の豊富さを判断しているのでしょうか?

玉置教授らの解析により、酵母が細胞膜上に栄養成分であるグルコースを感知する受容体Gpr1を持っていることが分かりました。

また通常は丸い形の酵母ですが、栄養がたくさんある環境では、糸が伸びたような形になります。
これは、偽菌糸形成と呼ばれ、酵母が増殖する時の形態の一つです。

しかし、Gpr1がないと、栄養が豊富にあっても丸い形のままだということが分かりました。

つまり、Gpr1の存在が、酵母の増殖・分化のスイッチ切り替えに関係しているということですね。

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図4 酵母は、細胞膜上のGpr1受容体で周囲環境の栄養状態を感知している。

これらは、酵母がGpr1受容体を通じて周りの栄養状態を見極めていることを示しています。

エネルギー生成を行う酵母の開発

化石燃料など、従来のエネルギー源の枯渇が叫ばれている現代、
注目を浴びているのは、生物由来資源のバイオマスから生成されるバイオエタノールです。

地球上の有用資源として、木や紙、植物に含まれるセルロースという物質があります。
これは、グルコースがたくさん繋がったものです。

始めにお話しした通り、酵母はグルコースから二酸化炭素とアルコール(エタノール)を作り出す生物です。

つまり、セルロースをグルコースに分解できる酵母を作り出せば、
地球上にたくさんあるセルロースからエネルギー源となるエタノールを作り出せるのです。

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図5 セルロースからバイオエタノールを生成する。

そこで玉置教授らは、セルロース分解酵素であるセルラーゼを生産する酵母を作り出すことに取り組んでいます。

カビ等のセルラーゼ遺伝子を、エタノール生成能の高い酵母(K.marxianus)に導入しました。

その結果、作成した酵母株がセルロース誘導体CMCを炭素源として生存できること、エタノール発酵できることが分かりました

つまり、酵母を使って、セルラーゼからエタノールを作り出すことに一歩近づいたということですね。

これらの研究が進むことで、エネルギーを生み出す酵母の作出につながることでしょう。





小さい体に備える発酵パワーで、私たちの食生活を豊かにしてくれている酵母。

とても小さいながらも、自分自身をメンテナンスする機構があったり、周りの環境を感知するシステムがあったりと、体内に秘める複雑なシステムには驚かされます。

近い将来、酵母が作り出したエネルギーで人が生活する、という未来がやってくるかもしれませんね。

今後も、研究面や生活面など、たくさんの場面で人を支えてくれることでしょう。


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玉置 尚徳研究室
鹿児島大学農学部 焼酎・発酵学教育研究センター 構造微生物学部門
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