iPS細胞から作った神経細胞でパーキンソン病を治す ー髙橋淳研究室

京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門 神経再生研究分野、髙橋 淳教授の研究を紹介します。
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/jtakahashi/index.html





iPS細胞と再生医療

iPS細胞とは、人工多能性幹細胞(Induced Pluripotent Stem cell)の略称です。

私達の体をつくる細胞は、初めはいろんな細胞になれる能力を持っていますが、
やがて特殊な機能をもつ細胞に「分化」していきます。

通常、分化した細胞は、他の種類の細胞に再び分化することはできません。

しかし、分化した細胞にいくつかの因子を導入すると、初めのようにいろんな細胞に分化できる能力(多能性)をもつ細胞になります。
また、この細胞は無限に増殖できる能力も持っています。

このようにして初期化した細胞のことを、iPS細胞と呼びます

iPS細胞は、角膜や骨、肝臓、心臓、脳など、様々な組織をつくる細胞に分化させることができるのです。

図1 iPS細胞には、様々な組織細胞になれる能力がある。

そのため、病気を根本的治療できる再生医療の分野で活躍することが期待されています。

例えば、神経難病のひとつ、パーキンソン病

脳にある神経細胞が障害を起こし、体の震えや歩行障害、筋肉のこわばりなどの運動神経障害を示す病気です。

高齢者に多い病気で、日本には約15万人の患者がいると言われています。

薬や脳手術など対症療法はありますが、完治する治療法はまだ解明されていません。
そこで、再生医療による治療法の確立が期待されているのです。

研究テーマ:iPS細胞を使ったパーキンソン病治療法の開発について

髙橋研究室では、細胞移植によるパーキンソン病治療に注目した研究を行っています。

パーキンソン病は、ドーパミンを作るドーパミン神経細胞が減少してしまうことが原因だとされています。

ドーパミンは、神経細胞から神経細胞へと信号を伝える重要な物質です。

しかしパーキンソン病になると、細胞内にできたタンパク質の塊が原因でドーパミン神経細胞が死んでしまうため、ドーパミンを作ることができなくなります。
結果、脳内のドーパミン量が減少してしまうのです。

この病気を根本的に治すには、ドーパミン神経細胞を復活させなくてはなりません。

髙橋教授らは、iPS細胞から作製したドーパミン神経細胞を移植し、ドーパミン量を回復させる方法の開発に取り組んでいます。

この治療法を実用化するために、
・動物成分を含まない環境下でiPS細胞を育てられるか?
・目的の細胞だけを集められるか?
・どうすれば移植細胞が免疫システムに排除されないか?
・安全性と有効性はどうなのか?
などの解析を行っています。

これらの研究から、iPS細胞を用いたパーキンソン病の細胞移植療法が確立されつつあります。

図2 iPS細胞から作った神経細胞を移植することで、パーキンソン病を根本的に治療する。




さらに詳しく!

動物成分を含まない環境下でiPS細胞を育てられるか?

iPS細胞を培養するときには、マウスの「フィーダー細胞」と一緒に培養します。
フィーダー細胞は、iPS細胞が育ちやすい環境を作ってくれる細胞です。
また、細胞培養に使われる培養液には、ウシの血清が含まれています。

しかし、動物(ここではマウスやウシ)由来の成分が少しでも混じってしまうと、
後の移植において、動物由来の感染症などを引き起こす可能性が否定できません。

そのため、動物由来成分を含まない環境下で、目的のiPS細胞を培養する必要があります。

髙橋教授らは、
ラミニンという細胞接着因子や、新しく開発した培養液を使用することで、
iPS細胞の培養にフィーダー細胞が不要となる方法を開発しました。

また、特定のシグナル伝達経路(細胞内で信号を伝達する経路)を阻害する低分子化合物を使えば、フィーダー細胞がなくても、効率良く神経細胞に分化することが分かりました。

これらは、動物由来成分を含まない環境下で、iPS細胞から目的の神経細胞を作り出せること、つまり、動物由来の感染症が起きるリスクを減少させられたことを意味しています。

目的の細胞だけを集められるか?

冒頭でも述べた通り、iPS細胞は無限に増殖できる能力を持っています。

そのため、もしも分化していない細胞など、別の細胞が1つでも混じっていれば、
移植後に増えすぎて腫瘍を形成してしまうのです。

これを防ぐためには、目的の分化細胞のみを選びとる必要があります。

髙橋教授らの解析により、コリンやLRTM1というタンパク質を目印にすることで、ドーパミン神経細胞のみを選び取れることが分かりました。

図3 ドーパミン神経細胞のみを選択するための目印タンパク質を発見した。

これは、目的とするドーパミン神経細胞だけを集めて移植できる方法が確立されつつあることを示しています。

どうすれば移植細胞が免疫システムに排除されないか?

私達の体には、自分以外の細胞を敵とみなして排除する、免疫システムが備わっています。

これは風邪を引いた時など、普段の生活では大活躍のシステムですが、
細胞移植の場合には、逆に邪魔をしてしまうことがあります。

免疫システムが働いてしまうと、せっかく移植した細胞が体から排除されてしまうのです。

そこで髙橋教授らは、どうすれば移植細胞が体内にとどまれるかを解析しています。

解析の結果、移植したドーパミン神経細胞が体内にとどまるために、NXPH3やインテグリンというタンパク質が鍵となっていることが分かってきました

この研究が進むことで、免疫システムに負けない細胞移植が可能になることでしょう。

安全性と有効性はどうなのか?

ヒトへの移植を前に、サルでの研究が行われています。

以前、髙橋教授らは、
ヒトES細胞(受精卵由来の多能性幹細胞)の移植が、サルのパーキンソン病症状を改善することを明らかにしていました。

そして、ヒトiPS細胞由来ドーパミン神経細胞をサルに移植し、安全性と効果を解析しています。

その結果、少なくとも6ヶ月は体内から排除されないこと、少なくとも2年間は腫瘍形成が起きないことが分かりました

つまり、ヒトiPS細胞由来ドーパミン神経細胞は、サル体内でパーキンソン病の改善に機能しているということを意味しています。





実は、今回ご紹介した髙橋教授らの研究は、2018年にヒトでの臨床試験が開始されています

パーキンソン病患者の脳に、iPS細胞から作ったドーパミン神経細胞を移植したそうです。

現在は経過観察の段階。

この臨床試験によって安全性・治療効果が確認されれば、今後パーキンソン病の主流な治療法となっていくでしょう

iPS細胞はどんな細胞にもなれる能力を持っているだけに、他の病気の治療法となる可能性も秘めています。

今後も目が離せませんね。


本記事で紹介した研究室の詳細はこちら

髙橋 淳研究室
京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門 神経再生研究分野
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/jtakahashi/index.html